変わりゆくココロォ
またもまとまりのないことを書こうと
久しぶりにはてぶを開く。
それにしても、アプリ版はてぶの使いづらさったらどうにかならんのかw
それはさておき。
仕事以外の場面で、自分の気持ちをアウトプットする機会がちょっとあったので、今の気持ちをネタとするやつ。
歳を重ね、結婚をしたり環境が変わる中で
興味を持つものや目を向けるものが変わって来ました、という話。
仕事に限っては、あまり深く考えずに目の前のことに注力してきた20代前半、先のことを考えて仕事に求めるものが変わって来た20代後半。
より明確にこの先やりたいことを何度も見直す30代前半を過ごし、現在アラフォー。
つまり10年前から、現状に満足してるのか?という自問をすることが増え、まだまだこんなもんじゃない。と思い、目を向ける先を変えたりする。
仕事で言えば、ゲーム開発に関わることだけをして現在まで生きてきているものの、20代後半からは、生涯ゲームを好きで触り、もっと楽しく、もっと業界が盛り上がるために奮闘し続ける、だなんてことはまず無いだろうなと思っています。
生きるための仕事を、好きなことで達成するという考えは今も昔も変わっていなくて、そういう働き方しかしたことないので、脳死しながら淡々と作業をするような仕事はこの先もしたくはないし、たぶん無理w
飽きやすくミーハーな側面が自分にはあり、それに拍車をかけているのは、ハマると極端にどっぷりになって周りが見えなくなるのも分かっているので、できるだけ多趣味な感じでいたい。
すると当然のことのように、ジャンルやプラットフォームを変えど、ゲームにこだわり続けるのも無理があり、いつまでゲーム作る仕事してるんだろうと思っています。
では何がしたいのか?を、現実を見ずに考えればいくつか出てくるけど、それを実現できるとも思っていないので二の足を踏み踏み、マッハふみふみ…
できそうなことでやりたいことは何なのか?
これを見定めて計画をしたい。
ゲーミフィケーション。という考え方があるけど、これは確実にベースにある。
ポケモンGOを始めた2年前、なんでゲームで外を歩き回るのか?位置ゲーなんてうぇーいな人がやるものだ、と思っていたけど、いざやってみるとそうでもなく。
ナイアンティックが掲げる、もっと外の世界を見よう!的な考えに共感できた。
きっかけの提供や遊び心の要素は欠かさずに、それまで見ていなかったことに目を向けてみると、ありきたりな日常がちょっと楽しくなってきて、いつしかそんな日常じゃないと人生もったいないね!
みたいになってくる。素晴らしい。
この考え方なら、この先ずっと保ちながら全力で仕事には取り組めそうです。
現実的には、目の前にはそうではない仕事がまだあるので、それに全力で取り組むべく、まだまだゲームを触り、執着し、熱狂する日々は続くけど、元気に働ける時間は限られているし、あと何個ものを作り終えて提供できるかを数えてみると、全然少ない訳です。
無計画に時間を浪費する訳にもいかないので、残りの30代で、次へのステップには進めたらなぁと思ってるし、是非そうしたい。
こういった考えに至ることができた1つに、結婚という要素は含まれていて。
ひとりで好きに生きる、から
家族を守りながら生きるに変わるというのは
重苦しくも窮屈さもあるけど、同時に無駄な時間を極力使わずやらたいことをやりたいだけやろう、を後押ししてくれた。
私の場合その結果、インドアマンだったのが変わり、できるだけ外に出たくなった。
昔は家にこもり、ネットでもしながらインプットを増やしてる風なことで満たされていたし、今の若者も、まとめサイトとインスタとかで好奇心を満たしている風なんだろうなと思う。
でもやっぱ、実際目の当たりにして手にとって、肌で感じて体験をすると
と書くと、なんだか卑猥な表現かよ!と突っ込みたくなる。何を突っ込む?わら
私の嫁さんも根っからのインドアで、今もなおインドアタイプなので、それを変えたい!とまでは思わないものの、好奇心が薄れてきたとは聞くので、外の世界をもっと見せたり、私がリードして2人で色々な体験をこれからもしたいなぁなんて思う。最高かよ
無駄な時間を過ごしたくない。その為に頑張る。ひゃっほい